カルマ(業)はどのように返る?
(再掲)前世からのカルマなどと言われることもありますが、どのよううな形で現れてくるものか考えてみます
近代アメリカの眠れる預言者として有名なエドガー・ケイシーがライフリーディングした事例に下記のようなものがあります
幼い頃に小児麻痺にかかり、背中が丸くなってしまった女性をリーディングしたところ、この女性は過去世において、ローマ時代のコロッセオで、人間同士の戦いや人と猛獣の戦いを観戦して、負傷した人を見て嘲笑したことがあったと言います
人の苦しみをあざ笑ったことで、今度は自分が嘲笑される立場になったと述べています
他人の苦しみに気を向けず、嘲笑ってさらに傷つけてしまうような行為が、次には自らが同じような状況に置かれると言うことがあるのです
これは一見すると罰のように思われますが、単なる罰というのではなく、自らの課題の克服としてあえて選んで生まれてきているところがあるようです
何日か前の記事で、あの世では、他人を傷つけた言葉や行為を、相手の立場になって受けるということを述べましたが、あの世に戻ると、そうした人を傷つけた言葉や行為を、深く自覚し、良心の呵責に苦しむと言うことがあります
そうしたさいに、自らを許せなくて、あえて相手と同じような経験をすることを選んで生まれることがあるのです
例えば、前世において人を傷つけてしまい、相手の手が不自由になったとします
それをあの世に帰って深く後悔し、今度は自らが手が不自由に生まれたり、あるいは事故にあって不自由になるなどがあります
このように、カルマというのは自らに課して生まれてくる、人生の課題といえます
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